要旨

エキソソーム研究は、ここ数年の間に大きく進展し、それに伴い研究内容も当初の「エキソソームとは何か?」というシンプルな問いから、より複雑なテーマに移行してきています。現在、この分野ではエキソソームの形成・分泌のメカニズムや、生体内での細胞間のエキソソームのやり取りや相互関係などの機能解析がフォーカスされています。

このパートでは、エキソソームを蛍光標識で可視化し、トレースする新たな技術を紹介します。標識には、エキソソーム中に包含されているRNA(RNAカーゴ)、またはエキソソーム膜を標的にできます。

標識対象蛍光色測定波長
励起(Ex)/蛍光(Em)
製品番号 /
製品名
RNAカーゴ緑色490nm / 530nmS-32703 /
SYTO RNASelect Green Fluorescent cell Stain
エキソソーム膜赤色589nm / 617nmD-7540 /
BODIPY TR Ceramide

これまで、エキソソーム染色に適した蛍光色素スクリーニング研究が数多く行われてきまた。弊社ではエキソソームカーゴの染色法に最も適した色素としてSYTO RNASelect Fluorescent cell stain を使っています(M Li et al. 2013)。

ここでは、SYTO RNASelect Green cell Stain によるRNA染色をベースにエキソソームを可視化したデータを紹介します。

SYTO RNASelect cell Stainは、RNAを選択的に染色する方法であり、色素がRNAに結合すると強い緑色の蛍光(最大の吸収/発光=490 / 530 nm)を放ちます(DNAに結合した場合は弱い蛍光しか示しません)。

Total Exosome isolation 試薬で濃縮したエキソソームに、SYTO RNASelect cell Stain を添加すると、20分足らずで蛍光色素は膜を通過し、エキソソームカーゴのRNAを染色します。染色後は未標識のフリーの蛍光色素をスピンカラム[Exosome Spin Columns (MW 3,000) :製品番号4484449]で精製し、以後のトレース実験に使用します。

エキソソーム標識後、標識できたか否かは、Qubit™ fluorometerを用いて、未標識のエキソソームと蛍光強度を比較することによって確認することも可能です。

蛍光標識したエキソソームは、レシピエント細胞(今回はHeLa細胞を使用)へ添加し、インキュベートすることによって細胞内へ取り込まれます。この様子は蛍光顕微鏡で観察できます。

図1は、実際に弊社で蛍光標識したエキソソームをHeLa細胞へ添加し、細胞内へ取り込まれた様子を観察した画像です。

図1. HeLa細胞におけるエキソソーム(SYTO RNASelect標識)の取り込み
細胞は、下記色素で染色後、FLoid™ Cell Imaging stationで観察しました。
赤色:Alexa Fluor 594染色したアクチン
青色:DAPI 染色された核
緑色:SYTO RNASelect 染色されたエキソソーム
(a) 標識エキソソームを細胞へ添加
(b) 色素のみ添加したコントロール
(c) 未処理(細胞のみ)コントロール

図1では、より正確にデータが検証できるように、2つのコントロールを設定しています。
未処理コントロール(c)は、蛍光標識のエキソソームも蛍光色素も添加されていない細胞のみのコントロールです。色素のみ添加したコントロール(b)は、蛍光色素のみを添加したときの細胞への蛍光標識の影響を確認したコントロールです(エキソソームは未添加)。

蛍光標識エキソソームを添加した細胞(a)と、2つのコントロール(b)、(c)の図を比較すると、(a)の細胞内にのみ、小さな明るい緑色の塊が点在しているのが確認できます。
1つ1つのエキソソームは、このような強い蛍光は示さないことから、複数のエキソソームがまとめて取り込まれていると予想されます。

また蛍光標識されたエキソソームは細胞内のコンパートメント内にパッケージングされており、細胞質内に徐々にリリースされると予想されます。
細胞内へのエキソソームの取り込みは、本来細胞が有している細胞外の物質や栄養源を取り込むための既知のエンドサイトーシス経路を利用していると予想されています。

in vitro のエキソソームのトレーシング実験により、エキソソームは、細胞膜を効率よく通過でき、エキソソームが内包するRNAカーゴを取り込まれた細胞の細胞質内に伝達すると予想される結果が得られました。この実験プロトコールをご紹介します。

最後に、生細胞内のエキソソームを直接蛍光標識プロトコールもオプションとして紹介します。


プロトコール

In vitro実験:
エキソソームの標識法と、レシピエント細胞への取り込みのトレーシングプロトコール

I. エキソソームの蛍光標識と未反応色素の除去

このプロトコールは、培養細胞や体液(血清、血漿、尿、CSF、唾など)からTotal Exosome isolation 試薬や超遠心法でエキソソームを回収し、そのエキソソームを染色する方法です。
注意:以下の実験工程は参考例ですので、必要に応じて変更してください。

  1. 培養上清または体液サンプルからエキソソームを回収します。
  2. PBSでエキソソームペレットを懸濁します。
    参考:添加するPBS量は、スタートサンプル量と等量です。例えば、100μLのサンプルから回収したエキソソームペレットは、100μLのPBSに懸濁します。
  3. 蛍光色素のストック溶液(1mM / DMSO) の調製

RNAカーゴを染色する場合:

SYTO RNASelect Green Fluorescent cell Stain (製品番号:S-32703, 5mM Solution in DMSO)を使用。

1mM ストック溶液を作成します(DMSOで希釈)。
Ex / Em : 490nm / 530nm

タンパク質カーゴを染色する場合:

BODIPY TR Ceramide(製品番号:D-7540)を使用。

1mM ストック溶液を作成します(DMSOで溶解)。
Ex / Em : 589nm / 617nm

  1. 2で調製したエキソソームサンプルへ、3で調製した1mM-蛍光色素ストック溶液を1μL添加し、よくミックスします(蛍光色素の最終濃度は10μM)。
  2. 遮光下で37℃、20分間インキュベートします。
  3. 未反応の蛍光色素を除去するために、Exosome Spin Columns (MW 3,000) (製品番号:4484449 )を用いて精製します。

Exosome Spin Columns (MW 3,000)(製品番号:4484449)を用いた未反応蛍光Dyeの除去

Exosome Spin Columns
  1. カラム中の乾燥ゲルが底部分に集まるようにカラムをタッピングします。
  2. ゲルを膨潤させるため、650μLのRNase-free waterまたは1x PBSをカラムに添加します。ボルテックスで撹拌後、タッピングでゲル中の気泡を抜き、室温で5~15分間インキュベートします。
  3. Spin coumn を2mL-Collection tubeにセットし、750xgで2分間(室温)で遠心し、ゲル中の余分な水分を除きます。
    注意:ローターにセットしたときのカラムの向きが分かるように印を入れておきます。
  4. Collection tubeを捨て、蛍光標識反応を行ったエキソソームサンプル(20~100μL)をゲルベットの中央部分に添加します。
注意!
  • ゲルベット表面に傷を付けないでください。
  • ピペットチップの先をカラムの側面に添えた状態でサンプルを添加しないでください(サンプルがゲル内を通過しなくなる可能性があります)。
ゲルベット
  1. Spin columnを1.5mLのElution tubeにセットし、遠心機のローターにセットします。セットする向きはステップ3で印をした方向で同じになるようにします。
  2. 750 xg、2分間(室温)で遠心します。精製されたエキソソームサンプルはElution tubeに回収されます。
  3. Spin columnを廃棄し、回収した精製済みエキソソームサンプルを次のアプリケーションに使用します。
  1. オプション:
    エキソソームが効率的に蛍光標識されたかを確認するには、Qubit 2.0/3.0 Fluorometer でチェックできます。

    注意:Qubit 2.0をご利用の場合は、ファームウェアをver.3.11 にアップグレードの上、Raw Modeをアップロードする必要があります。詳細はWeb siteをご参照ください。

 

II. レシピエント細胞への取り込みのトレーシング

レシピエント細胞としてHeLa細胞を使用した場合の実験例です。

このプロトコールは、レシピエント細胞によるエキソソームの取り込みの研究一例であり、図1のHeLa細胞を実験例として紹介します。

  1. 8wellのチャンバースライドシステム(Nunc™ Lab-Tek™ チャンバースライド、製品番号:177445JPなど)を用意し、1wellあたり 1x 104 細胞を播種します。
8wellのチャンバースライドシステム

注意:使用するチャンバーによりますが、8 well チャンバースライドの場合、1wellで処理可能な容量は0.2~0.4mL程度です。

  1. 蛍光標識したエキソソームをレシピエント細胞へ添加します。
    (添加量は条件検討してください)
  2. 37℃で30分間~3時間インキュベートします(遮光条件で)。
8wellのチャンバースライドシステム
  1. 培地をきれいに除き、4%-パラホルムアルデヒド(PBS溶液)を添加し、室温で20分間インキュベートして、細胞を固定します。
  2. 固定液を除き、細胞が完全に被る程度のPBSを添加し細胞を洗浄し、PBSを除きます。
    (この操作を3回繰り返します)
  3. 0.1%- Triton® X-100(PBS溶液)を添加し、3~5分間、室温でインキュベートし、細胞の透過処理を行います。
  4. 透過処理液を除き、細胞が完全に被る程度のPBSを添加し細胞を洗浄し、PBSを除きます。(この操作を3回繰り返します)
  5. ファロイジンによる細胞染色:
    (固定・透過処理後、F-アクチンを選択的に標識)

    SYTOR RNASelect cell stainでエキソソームを染色した場合:
    Alexa Fluor® 594 ファロイジン コンジュゲート(A12381)を使用

    BODIPYR TR ceramideでエキソソームを染色した場合:
    Alexa Fluor® 488 ファロイジン コンジュゲート(A12379)を使用

ファイロイジン染色前の準備について:
弊社が提供する蛍光標識のファロイジン製品は凍結乾燥品です。
1.5mLのメタノールを添加して溶解させてください(最終濃度は200units/mL, 6.6μM)
注意:メタノール溶解後は-20℃以下で遮光保存。約1年間安定です。

  1. 200units/mLの蛍光標識ファロイジンストックから5μLを分取し、200μLのPBSへ添加し、ミックスします。
  2. 1で調製したファロイジン染色希釈液を細胞中に添加し、室温で20分間インキュベートします。
  3. ファロイジン染色液を除き、細胞が完全に被る程度のPBSを添加し細胞を洗浄し、PBSを除きます。
    (この操作を3回繰り返します)
  4. スライドのチャンバー部を取り外します。
ファイロイジン染色前の準備について
  1. ProLong® Diamond 褪色防止用封入剤(DAPI 含)(製品番号:P36966)を用いて封入サンプルを調製します。
  1. スライドの側面を清浄なペーパータオルの上で軽くたたいて余分な水分を除きます。
  2. 封入剤を一滴(または適量)を加えます。
  3. スライド上のサンプルをカバーグラスで覆います。
  4. 封入したスライドは平面に置き、暗所で硬化させます。
    硬化時間はサンプルの厚みと周囲の相対湿度によって異なり、数時間から一晩かかります。
  5. オプション:
    長期保存する場合は、封入剤が過度に収縮してサンプルが変形しないよう、硬化後カバー スリップの縁とスライドの間を密閉します。
  1. 蛍光顕微鏡で観察します。

オプション:
生細胞内のエキソソームの直接蛍光標識プロトコール

培養中の生細胞内のエキソソームを直接蛍光標識することも可能です。
この方法を使うと、細胞からエキソソームが分泌する様子を観察したり、標識後に培養上清からエキソソームを回収/解析することが可能です。

  1. 培養をプレートに播種し(例:2 x107のHeLa細胞を 15mLの培地を添加したT-75フラスコに播種)、通常の培養条件で一晩培養します。
  2. 蛍光色素のストック溶液(1mM / DMSO) の調製

エキソソーム中のRNAを染色する場合:

SYTO RNASelect Green Fluorescent cell Stain (製品番号:S-32703, 5mM Solution in DMSO)を使用。

1mM ストック溶液を作成します(DMSOで希釈)。
Ex / Em : 490nm / 530nm

エキソソーム膜を染色する場合:

BODIPY TR Ceramide(製品番号:D-7540)を使用。

1mM ストック溶液を作成します(DMSOで溶解)。
Ex / Em : 589nm / 617nm

  1. 15mLの培地に、2で調製した1mM-蛍光色素ストック溶液を15μL添加します(蛍光色素の最終濃度は1μM)。
  2. 遮光下で37℃、20分間インキュベートします。
  3. 培地を除去し、細胞をPBSで3回洗浄します。
    新しい培地(注意:血清にはエキソソーム除去したFBSを利用)を添加し、培養を続けます(1~6時間)。なお培養時間は以後のアプリケーションに必要となるエキソソーム数や使用する細胞株に依存しますので、検証の上決定してください。
  4. 細胞から分泌されたエキソソームをトレースします。
    (FLoid® Cell Imaging Stationなどの蛍光顕微鏡を用いて観察します)

    また蛍光標識後に細胞から分泌されたエキソソームをTotal Exosome isolation 試薬や超遠心法で回収し、解析に使用することも可能です。

考察

エキソソームの研究ではエキソソーム内のRNAカーゴやタンパク質カーゴの研究が盛んに行われ、エキソソーム内の情報ががん転移などどのように関わっているのかという研究が多く取り上げられています。一方、エキソソームがヒト体内における伝達システムとしてどのような機能を有するのかという基本的な理解も深めていくことも必要です。このような研究が進むことにより、優れたがんの診断法や治療法が開発されると期待されています。


本パートで使用した製品一覧